 |
1966年私は奈良県に生まれました。
当時の家業は、祖父が起こした繊維製品製造業を生業としており、
高度成長の波に乗って、順調だったようです。
大学卒業後、流されるままに某一部上場商社に就職しました。
そこでは、実際に物やサービスが消費者に渡るまでの間にどれだけの橋渡し役が
必要か、その橋渡しの役割を考えるだけで商売になるのだということを学びました。
がしかし、当時はバブルが弾けた頃でもあったのですが、まだまだ業界には余韻が残り
みんな仕事よりも遊びなどに忙しい時代でした。
私は高校生の時から、家業の仕事を手伝い、中小企業での泥臭い仕事を体験して
いたので、楽して給料を貰う身分に、いつも「これでいいのか?」と自問自答しつつ、
人生の目的が定まらないまま仕事を続けていました。 |
そんな折、転機が訪れました。
当時家業は、祖父の後を継いで、父親と叔父が切り盛りしていたのですが、その叔父が体調を崩して仕事を
続けるのが無理になったのです。
叔父は九州の工場を任されており、急遽代役をということで適任者を探したところ、私に白羽の矢が立ち、
「戻って来い。」となり、商社からメーカー勤務へ転身することになったのでした。
年末近く、あわただしく会社を辞めて、すぐに九州へ向かいました。
商社勤務で唯一自分の資産となった自動車に乗って、身一つでフェリーに乗り、翌朝晴れた別府湾を望んで、
不安があったものの「今日からここで新しい人生が始まるんだ。がんばろう。」と決意したのを覚えています。
でも、翌日からは大変でした。
いくら子供の頃から見ていた仕事とはいえ、実際の現場は容易ではありませんでした。
手先の器用さと、段取りの良さでは人一倍自信があったのですが、数万点の部品からなる機械のメンテナンスや、
それまでのビジネスマン(=ホワイトカラー)とは全く違う、職人さん(=ブルーカラー)の世界や、人間関係に戸惑い
の連続です。
結局、仕事の流れを覚えて、製造の知識が身に付くまで、3年半の時間が必要でした。
その間は、各工程に入って、現場の3交代勤務から管理部門、果ては構内清掃係まで、およそ工場でやる必要の
あることは全て経験するつもりで必死で何でもやりました。
工場の誰からも尊敬されていた叔父の替わりになるには、工場の隅から隅まで何でも知っておかないとダメだと
考えたのです。
その甲斐あってか、徐々に他の従業員も、一緒に現場で働いた仲間という形で接してくれるようになりました。
各現場での実習を終えて、営業を任されるようになった頃から、叔父の体調が芳しく無くなってきて、隔日でそれも
午前中だけしか工場に出てこれなくなりました。
当然、重りを失った組織は徐々にバラバラになって行き、期せずして、この業界にも不況と海外生産品の波が
押し寄せてきたのです。
それから程なくして、叔父が仕事を続けられなくなり、私が工場長として切り盛りを任されることになりました。
ところが、あけてびっくりとはこのことで、その時初めて会社の財務内容が火の車だということを知ったのです。
ご多分にもれず、バブル期の本業以外への投資、帳簿と実在庫の乖離など、悪いことのオンパレードです。
「どうして、こんなに・・・」と怒っても何も始まりません。
その日から私の生活は一変しました。
とにかく、業務の改革は待ったなしの状態なので、なんとか乗り切るために、大胆な改革が必要でした。
40年近くメンバーと仕事の手順が変わらない工場にあって、私が呼びかける内容に戸惑いが広がったのは
言うまでもありません。
|
ここから先は、本を1冊書けるぐらいのエピソードばかりです。
(興味をお持ちいただいた方にはお話させていただきます)
結局、叔父は亡くなり、私が工場長になった5年後に会社も閉鎖することになるのですが、
この5年間は、私にとってかけがえのない時間になりました。
何度逃げ出したい気持ちになったか分かりません。
労働組合との折衝や、得意先から理不尽な要求を呑まされて、打ちひしがれた時もあります。
時には社長の父とも喧嘩もしました。
裏切られたこと、騙されたこと、逆に助けていただいたこと、勇気付けられたことも数え切れない
ほどあります。
妻にも身重の身でありながら、苦しい仕事を手伝わせて、結果的に自分達の子供を無くしてしまう
という悲しみも味わいました。 |
 |
・
・
・
|
|
|
今、私は幸せだと思います。
幸いにもその後、子供達にも恵まれて、好きな仕事もさせて貰っています。
それまでとは畑違いの業種ではありますが、過去の5年間に必死でもがいて勉強し、体験として得たことが、全て
役に立っていると思います。
失敗したことも、失敗したという経験をしたことで、どうやれば失敗しないか分かるので、そういった意味では、
実体験に裏打ちされた正しいアドバイスだと喜んでいただけることが嬉しくてなりません。
世間では相変わらず不景気の風が吹いていて、苦しんでいらっしゃる方が多いのが現実ですが、少し視点を変える
だけで上手く行く要素は限りなくあります。
そんな中で少しでも、中小企業の業績アップにお役に立てればと思っています。
|
リンキングプロジェクト代表  |